
映像制作の現場で耳にする「ENG」という言葉。今ではスマートフォン一つで綺麗な映像が撮れる時代ですが、かつて「映像と音を同時に、しかも手軽に記録する」ことは、放送業界における革命的な出来事でした。今回は、現在の映像制作の基礎を作った「ENGカメラ」について、その歴史と仕組みを解説します。
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1. ENGとは何か?
ENGとは「Electronic News Gathering *1」の略称です。日本語に訳すと「電子的ニュース取材」となります。
ここで言う「電子的(Electronic)」とは、「フィルム」の対義語として使われた言葉です。ニュース取材に限らず、テレビ番組全般の「番組素材の収集(Gathering)」システムそのものを指します。もっとシンプルに定義すると「ビデオカメラとビデオテープレコーダー(VTR)を組み合わせたシステム」のことです。当初はカメラとレコーダーがケーブルで繋がれた別々の機材でしたが、やがて技術の進化により「VTR一体型ビデオカメラ」が誕生しました。
これらを総称して、番組素材となる映像と音声を収集するシステムを「ENG」と呼びます。
2. ENGカメラが生まれた背景
ENGシステムが登場する以前、テレビのニュース取材は「フィルム」で行われていました。当時の現場は、現代では想像できないほどの手間がかかっていました。
現像が必要: 撮影したフィルムは局に持ち帰り、現像しなければ映像を確認できない。
同時録音が困難: フィルムカメラは駆動音がうるさいため、音声は別のテープレコーダー(デンスケなど)で録音し、編集時に同期させる必要があった。
つまり、カメラ・映像記録・音声記録がすべてバラバラに行われていたのです。「今撮った映像がすぐに確認できない」「音合わせが大変」という制約は、一分一秒を争うニュース現場において大きな課題でした。
3. ENGカメラができるまで
ざっくりとした説明になりますが、ENGシステムの実用化には、日米のメーカーによる技術競争がありました。
まず特筆すべきは米国のRCA社です。1976年に発売された「TK-76」は衝撃に強く、電源を入れてすぐに撮れるタフな設計で、「ビデオカメラは繊細で外では使えない」という常識を覆しました。これがニュース現場でのフィルム廃止を決定づけたと言われています。
ここから日本企業が躍進します。まず、池上通信機は「HL(Handy Lookie)」シリーズで圧倒的な高画質と信頼性を実現し、米国の放送局で絶大な支持を得ました。
そして「小型化のスペシャリスト」のSONYが、それまでの巨大だった録画機(VTR)の小型化・規格化で革命を起こします。その流れで1980年代に入ると、SONYがカメラとVTRを完全に一体化させた「ベータカム(ベーカム)」を開発したことで、カメラを肩に乗せるスタイルが生まれ、現在の「ワンマンでも撮影できるENGスタイル」が完成しました。
4. ENGカメラで何が変わったのか?
ENGの登場で劇的に変わったものが「速度」です。かつてニュースの主役だった新聞は、情報を印刷して届けるまでに半日近いタイムラグがあります。フィルム取材のテレビニュースも、現像の時間が必要でした。しかし、ENGカメラは「撮った瞬間」に映像と音が完成しています。テープを局に持ち帰れば(あるいは電送すれば)、そのままオンエアできます。
具体的には以下の2が大きかったと聞いています。
①圧倒的な速報性
事故事件現場から、生の映像を即座に届けられるようになったということです。
②機動性の向上
1970年代から80年代にかけて、日本中でこのシステムが普及。少人数のクルーでロケ取材が可能になり、番組制作のフットワークが劇的に軽くなりました。
ということで、このシステムがあまりに画期的であったため、ニュース取材だけでなく、ドキュメンタリーやバラエティ、ドラマまで、番組制作の「定番(デファクトスタンダード)」となりました。現在のYouTuberがカメラを持って街に出るスタイルの原点も、この「ENGが始まり」と言えるかもしれません。
5. まとめ
いかがでしたでしょうか?
今では、スマホや一眼カメラで「映像と音を同時に記録する」ことは当たり前ですが、その当たり前の裏には、高度経済成長期の日本の技術者たちが「より速く、より確実に情報を伝えたい」という情熱を注いだ歴史があります。
私たちが普段使っている便利な撮影機材も、先人たちの試行錯誤と歴史の積み重ねの上に成り立っています。その恩恵を受けて、私たちは今日も映像を作ることができている。そのことを忘れずにいたいですね。



